【沖縄民謡】コンビ唄の決定版
琉球民謡には踊り唄であったり恋唄、情け唄(他にも色々ありますが)、そしてコンビ唄と呼ばれる、男女の掛け合い、今の言葉で言うと、デュエット曲(この言葉も古い??)が沢山あります。
コンビ唄とは
コンビ唄と言う呼び方は、1960年初頭の沖縄民謡の黄金期と呼ばれた時代に生まれた言葉だといい、当時はデュエットという言葉が無く、コンビ唄という呼び方が定着したのだそうです。
沖縄の民謡酒場へ行けば、店の女性と飛び入りの男性客がコンビ唄を楽しむ姿が普通に見られます。民謡酒場に限らず、内地でもスナックやカラオケボックスなどでもデュエット曲は人気ですから、彼の地でもコンビ唄が人気なのは大いにうなずけます。
今回は、教室でも練習する、個人的な好みで選んだ、幾つかのコンビ唄を紹介します。
十九の春
コンビ唄の中でも、一番の有名曲はこの「十九の春」でしょう。
私があなたに惚れたのは ちょうど十九の春でした~♪
三線を弾く方なら当然、そうでない人も口ずさむことが出来るぐらいの、沖縄を代表する有名曲、名曲じゃないでしょうか。
元々琉球にあった唄ではないことは、琉歌の特徴である八八八六調で無いことから、本土の流れを汲む唄では無いかと言う説を私も推します。
沢山の琉球の歌い手がこの曲をレパートリーとして歌っているし、内地でも、ばたやんこと田端義夫が唄い、全国的なヒット曲として唄われました
個人的には、男同士のコンビですが、登川誠仁と知名定男が唄った十九の春が好きですね。
映画「ナヴィぃの恋」で、嘉手苅林昌と大城美佐子が歌った十九の春も、生々しくて凄くよいです。林昌先生は、生前、「コンビ唄はミサーに限る」という言葉を残しただけあって、映画のワンシーンとは言え息もぴったりな演奏を楽しむことが出来ます。
西武門節
西武門節と書いて「にしんじょーぶし」です。
西武門は今の那覇の久米大通りと若狭大通りの交差点あたりにあったと言われる「久米大道の北門」のことを指し、そこは、当時の社交場であった、辻遊郭の入り口だった場所です。
もうお帰りになりますか、それでは西武門まではお送り致しましょう、
そんな艶っぽいやり取りの情歌、大好きなコンビ唄です。
うわき節
ご存知、ハイサイおじさんの喜納昌吉の作った唄です。
始めて聞いたのはもう何十年も前の話で、80年代だと記憶しますが、沖縄の言葉での掛け合いが新鮮で、凄いなと思って当時は喜納昌吉は良く聞きました。
つい最近では、宜保和也と新垣恵という若い唄者コンビのうわき節の音源を聞いて、私も改めて持ち唄に取り入れたいなと思った次第です。
一昔前の沖縄のおとーとおかーのやり取りが目に浮かぶようで楽しい唄です。
新かぬしゃがまよ
私達が学ぶ宮古民謡にも、コンビ唄は幾つかあります。
宮古ではコンビ唄という呼び方をするのか?という話を今度先生に尋ねて見ようと思っていますが、この「新かぬしゃがまよ」と言う唄が軽快なメロディと三線の宮古民謡の男女の掛け合い唄です。
漢字では「新可愛者小よ」と書かれ、宮古民謡の大家、国吉源治先生が元々宮古にあった「可愛者小よ」と言う唄に恋物語の歌詞を付け、この唄を作り上げたそうです。
あなたのことを思って7つの山谷を超えて会いに行くので~、そんな意味のロマンチックな歌詞です。宮古民謡愛好家の我々には必須の唄です。
「沖縄コンビ唄 決定版」というCDでは、もう一曲「与那武岳金兄小」という宮古民謡のコンビ唄が聴けます。このアルバムはなかなか秀逸で、上で紹介した、うわき節の宜保和也と新垣恵も収録されているので、コンビ唄に興味持った方は是非にとおすすめしておきます!
夫婦船
夫婦船という唄は、琉球民謡に限らず内地の民謡にも沢山同名の唄が有りますね。人生を海原を進む船にたとえ、夫婦二人で力を合わせて漕いでいこう、概ねそんな唄が多いでしょう。
琉球民謡の夫婦船も例にもれず、夫婦のあり方が教訓化的に歌われています。
作者は移民としてハワイで苦労をされた方だそうで、人生の長い船旅を夫は帆柱となり、妻は船の舵、人生が終わるまで共に歩もう。短い歌詞の中には深い意味が込められているのです。
しみじみと良い唄で、流石に、にしんじょーやうわき節を結婚式で唄うのはどうかと思うけれど、夫婦船ならばと思います。
若い友人の祝いの席で贈りたいと思っています。
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