民謡と人生経験 三板に唄遊び
たっちゃんです。久々のお稽古でした。
父が80歳で天寿を全ういたしまして、安らかに旅立ちましたが、残された家族はドタバタとしており、しばらく、お稽古をお休みしておりました。
葬儀は、家族葬にてひっそりと済ませ、香典、献花はご辞退させていただいておりましたが、気にかけていただいていた関係者各位、全国100万人のたっちゃんファンの皆様には、黙っておりまして申し訳ありません。
また、あたたかいお心遣いをいただいた方々には、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
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民謡と人生経験
さて、久しぶりのお稽古、毛利先生とのマンツーマンの指導では、けっこういい感じで唄うことが出来たのではと思います。
慣れてきたということもありましょうが、恥じらいや照れといった気持ちがなくなってきたように思います。(もともと無いという説もありますが。)
なんというか、葬儀も済んで、心も晴れ晴れとし、素直な気持ちになってきた感じがいたしますね。父の入院中は、今日か明日かと、いつも心に引っかかっておりましたから。
唄は、気持ちを表すように思った次第です。
「なりやまあやぐ」と「豊年の歌」のご指導を頂いた後、次の課題曲というわけでもないですが、これも覚えておくといいよ、と教えていただいたのが「家庭和合(きないわごう)」でした。
毛利先生からは、歌うのを聴かせていただいただけでしたが、のちほど、民謡大賞の長谷川さんから、歌詞の意味を教えていただきました。
なんでも、お嫁さんに対して、家庭円満のための心配り、嫁姑問題など、嫁ぎ先でうまくやりなさいよ、と、諭す歌だそうで。
実は私、お葬式の際に我が妻に対して、長男の嫁なんだから、ちょっとは気遣いしなさいよ、とか、ちゃっちゃと動きなさいよ、などと不満を感じつつ、いやいや、無理を言ってはいけない、悪いのは私なんだろうと葛藤しつつ、しかし、あとから妻から大いに不満をぶちまけられたりして、家族のあり方に悩んでおりましたところだったのです。
唄を聞いて、なんだか、じーんと涙ぐんでしまいました。
毛利先生は私の家庭事情は知らないのはずなのに、なにゆえに、この唄をすすめられたのでしょうね? まったく不思議です。
「家庭和合」、早速覚えて、妻に聴かせてやります!(でも、歌詞の解説はしないようにいたします。)
民謡というのは、こういった生活に根付いた唄が多いなと、改めて感じた次第です。
いつの時代にも共感できる深い気持ちが込められているので、長く歌い継がれているのでしょう。(家庭和合は昭和の時代に作られた、比較的新しい歌だそうですけれど。)
最初に三線を始めた頃は、工工四のフリガナを追って唄うのに精一杯でしたが、唄を聴いて感じることができるようになってきたのは、成長かなあと思います。
いろいろな人生体験を積んで、味のある歌を歌えるようになりたいものです。
三板(さんば)
お稽古の終わるころ、「はじめての三線」の著者であられる漆畑さんが、三板(さんば)を持って、ひょっこり訪れてこられました。
お仕事途中によっていただいたようで、30分ほどしかおられませんでしたが、三板の鳴らし方をレクチャーしていただきました。
カチャカチャ カタカタ と、三線に合わせてハジくと、ノリノリになって楽しいです。
三板は初めて触りましたが、フラメンコのカスタネットの練習をしたことがあるので、けっこう上手にハジけた気がします。
琉球民謡は、笛や三板が入ると、ますますいい感じになってきますね!
唄遊び
稽古が終わったら恒例の懇親会・唄遊びが始まりました。
涼しくなってきたねと言うことで、今回は中庭でBBQです。ダッチオーブンを使った料理が幾つも並び、「オリオンビールであり乾杯!}と盛り上がったのは言うまでもありません。
参加者の皆さんのお腹が一段落したら、三線を抱えて唄が始まります。
先輩方は宮古民謡だけでなく、軽快なリズムの沖縄本島の唄などレパートリー沢山で楽しませてくれるし、私の様な持ち歌が少ない者でも、こういうシーンで歌うのも大変な勉強になりますね。
その昔、琉球の地では、こうして夜な夜な男女が集う、唄遊びが盛んだったと聞きますが、上手下手関係なく、皆で手を叩き声をだす、これは楽しいです。
堺教室へ来られた折には、是非、稽古の後の懇親会・唄遊びにもご参加ください。
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