toggle
2019-11-11

三本の糸の饗宴

三本の糸の饗宴

たっちゃんです。

守口市にある「鼓屋」さんにて行われた「三本の糸の饗宴」に参加してきました。

守口の和太鼓屋さん「鼓屋」

三本の糸の饗宴

鼓屋さんは、宮絃会関西支部の守口教室の練習会場にもなっていおり、(私は水曜日のお稽古には参加しておりませんが)土井商店街の中にあります。

店内に入ると大きな和太鼓がドン!ドン!とたくさん置いてあって迫力満点です。

私がこちらに来させてもらったのは、2回目。前回は、太鼓と篠笛の体験イベントのときで、小学1年生の娘がゲームセンターの太鼓の達人のごとく、叩きまくらせていただきまして、その説はお世話になりました。

さて、今回のイベントは、沖縄三線・奄美三線・津軽三味線(和太鼓)のコラボレーション。題して三本の糸の饗宴です。

幕開けの演奏が終わりってトークの後に、沖縄民謡ではお馴染みの唄、新安里屋ユンタが披露されましたが、普段聞き慣れている安里屋ユンタも、津軽三味線が入ると、また違った感じになりますね。

私達が馴染んでいる沖縄の三線に奄美大島の三線、津軽三味線に和太鼓まで加わり、なかなかに豪華な演奏でした。

津軽三味線

三本の糸の饗宴

津軽三味線を、普段見ることはまずありませんので、珍しく感じます。三味線は、三線よりずいぶん大きく、ギターくらいはある感じです。

唄の伴奏楽器として発展してきた沖縄の三線と違い、今の三味線は、独創楽器として知られることとなっていますが、もともとは津軽三味線も伴奏楽器として演奏されたということです。

津軽とか秋田とか南部とか、地域によっても随分特徴が違うということでしたけれども、津軽三味線は、実に迫力があります。

津軽三味線の演奏をされたのは、鼓屋店主の植木陽史さんです。植木さんは和楽器演奏集団「独楽」のリーダーでもあられます。

私は津軽三味線は弾いたことはないのですが、聴くのは好きで、「高橋竹山の世界CDボックス」なんてのも持っておりました。

じょんがら節などの演奏の間あいだに入る、高橋竹山の味のある津軽弁(大阪人の私には聞き取り不可)のMCがお気に入りのCD集です。

今回、目の前で実際の演奏を聞かせていただきまして、津軽三味線に心がなびいたことは、秘密です。

三線と三味線

ちなみに三線と三味線の呼び方ですが、沖縄が三線、東北が三味線というイメージがありますけど、沖縄や奄美の人でも三線のことを三味線という人もおられますし、呼び方はそれほど厳密な区別はされていないような気もします。

三味線は、三線とは呼ばないように思いますが、そのあたりどうなんでしょうか?

名前の由来としては、支那から琉球にやってきたときの「サンシィエン」が元になるそうで、琉球から堺の地に伝わり、津軽三味線にもつながったとの話です。

お値段は、三線は5万円も出せばいいのが手に入りますが、三味線は30万円からとのお話。随分とお高い楽器です。

奄美民謡

三本の糸の饗宴

津軽三味線の次は、先日堺教室にも来ていただいた、里美加さんによる奄美民謡です。里美加さんは、奄美の民謡の世界では、知らない者は居ないと言うぐらい活躍中の「里朋樹・歩寿」のお母様でもあります。

そして、三線の伴奏は、つい先日まで入院されていた吉川事務局長です。復帰がライブに間に合って本当によかったです。

三線の音色を聞くと、おっ、南の島に戻ってきた!という気分になりますね。

やはり津軽三味線は北国の音色です。

ピューピュー北風が吹き荒ぶなか、その日その日の食料確保のため、視覚障害者がザクザクと雪をかき分け、村に点々とある家をまわって、玄関先で三味線をバチバチとかき鳴らして托鉢しているイメージです。(あくまでもイメージです)

それが三線を音を聴いた途端、エメラルドブルーな海の波の音、サンサン輝く太陽、黒糖焼酎の世界に戻ってまいりました。雪国より南の島がいいですねえ。やっぱり三味線より三線をがんばります。

幼馴染の息のあった奄美コンビの演奏に、とつぜん「太鼓も入って!」との無茶振りがあり、植木さんが応えておられました。打ち合わせ無しのアドリブ演奏、素晴らしかったです。

トリは清村先生

三本の糸の饗宴

そして、いよいよ我らが師匠の清村斉先生の宮古島民謡です。

沖縄の幕開け三曲、沖縄本島「かぎやで風節」、八重山の「鷲ぬ鳥節」、宮古の「トーガニあやぐ」に始まり、奄美と多良間島の不思議な関係のお話、そして、太鼓とのコラボは激しい「ヒヤミカチ節」、最後はしっとりと「アメージング・グレイス」に「多良間シュンカニ」で締めくくりました。

いやあ、民謡はいいですねえ。

ヒヤミカチ節、まだ弾けませんが、超絶かっこいいの元気になる唄なので、いつかはマスターしたいです。ヒヤミカチとは、「エイヤッ」と起き上がる意味があって、戦後の復興時には、沖縄の人は大いにこの唄で励まされたそう。

つい先日の首里のお城の火災後、ヒヤミカチ節の歌詞が入ったタオルがチャリティで販売されていました。

そして、最後は、4人揃って豊年音頭で盛大に盛り上がってお開きとなりました。

日本の音楽は素晴らしい!

三本の糸の饗宴

私はスタッフとして、荷物運びなど手伝っておりましたので、打ち上げにも参加させていただきました。

打ち上げでは、清村先生と、植木さんとの太鼓にまつわる不思議なご縁の話など、終電ギリギリまで盛り上がりました。

三線をなにげに始めた私ですが、さらに奥の深い和楽器の世界を、ちょろりとのぞかせていただいたような気がします。

クラシックやジャズには馴染んでいた私、琉球民謡は最近始めたばかりですが、日本の音楽も、実に広くて深いです。日本人として、和の調べをあんまり知らないというのは、不甲斐ないことだと思います。

とりあえずの目標は、宮古島民謡のコンクールですが、日本人としての和の心を、もっと深く学びたいものだと思ったライブでした。

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です